大判例

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札幌高等裁判所 昭和26年(う)475号 判決

控訴人 被告人 東藤寛

弁護人 杉之原舜一

検察官 佐藤哲雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

弁護人杉之原舜一並びに被告人の控訴趣意はそれぞれ別紙のとおりである。

弁護人の控訴趣意一の(1) について。

本件記録に徴すれば、原審が検察官の面前における田中初雄、川浪一博、山之内正夫 平野辰男、津本武三郎、大浪常男、河野元吉、戸沢和郎の各供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号により証拠能力ありと認めて証拠として採用し且つこれを原判決の証拠として引用したのは所論のとおりである。弁護人は右田中初雄等は証人尋問期日において「本件組合大会当日の被告人の発言内容については記憶していない、検察官の取調をうけた当時は記憶していた」と証言しているので右証人尋問期日における田中初雄以下各証人の証言は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段に該当せず従つて同人等の検察官の面前における供述調書は証拠能力がないと主張するのである。成る程本件記録中の証人尋問調書に依ると前記田中初雄等の各証人が所論のごとき証言をして居ることは明らかであるが該供述には何等前の供述と比較し得べき具体的の事実又は内容に触るるところがないのであるからこれを刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段に所謂「公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」に該当しないとする所論は正当であるが如く考えられる。しかし右供述の趣旨を追求すると結局「被告人の発言内容については記憶しないから証言することができない」と言うに帰着するのである。かかる場合は証人が有罪の判決を受くる虞ありとなし証言を拒絶する場合と比較し供述の再現が不可能であるという点に於ては何等異なるところはないのであるから曩に当裁判所が証人の証言拒絶の場合につき判示「札幌高等裁判所昭和二五年(う)第三九二号同二六年一月二三日第四部判決高等裁判所判例集第四巻第一号一九頁参照)した趣旨に則り同法第三百二十一条第一項第二号前段に準じその任意性及び信用性の条件の充される限り右田中初雄等の検察官の面前における各供述調書の証拠能力を認めるのが相当であると思考される。しかも右供述調書の形式、内容とその他原審が取り調べた他の証拠と対比しても該供述調書の任意性及び信用性の点においていささかも欠くるところがないので原審が右供述調書を証拠として採用し原判決においてこれを証拠として摘示したのは何等訴訟手続に違背するものではない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意一の(2) について。

本件起訴状記載の公訴事実と原判示事実とを対比すれば、右公訴事実中にある「被告人が「現在赤平町で工事中の官公道路は幅三間で戦車が通る様になつていると云う事は米ソ戦争の際アメリカの軍用道路に使われるのだ……」と発言した」と同一趣旨の事実を原判示事実において認定していることが明かであり、又原判示事実が右公訴事実中に記載されていない「被告人が「委員長は税金が戦争準備の為に使われていないというが、平衡交付金が減らされた事自体戦争準備の為に使われている証拠だ……」と発言した」という事実を認定していることは所論のとおりである。しかし刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂審判の請求を受けない事件について判決をした場合とは公訴事実の同一性にかかわりなく全然訴因として掲げられない事実につき又は公訴事実の同一性あるも訴因として掲げられない事実につき判決した場合を言うと解すべきところ原判決挙示の各証拠によれば、被告人は本件組合大会の席上該事実と原判示事実中にある「現在工事中の観光道路は、アメリカが戦争に備えて戦車を通すために造られているのだ、云々」という事実とを併せて一体として発言し前者は単に後者の意味を明らかならしむるか又はその意味を強めたるに過ぎないことが認められ本件の訴因そのものには何等のかかわりもないのであるから右事実はこれを前記公訴事実の同一性あるも訴因として掲げられない事実とは言い得ないのである。従つて原審が起訴状記載の公訴事実にない前記事実を原判決において判示したからといつて審判の請求を受けない事件について判決した違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意二及び被告人の控訴趣意について。

被告人の控訴趣意の要旨は原判決には事実誤認の違法がなるというにある。しかしながら原判決挙示の各証拠によれば原判示事実を優に認めるに足り事実誤認と目すべき点はない。弁護人並びに被告人の所論はいずれも独自の見解の下に原審の専権に属する証拠の取捨判断を攻撃するもので採用することはできない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意三の(1) について。

そもそも占領目的に有害な行為とは連合国最高司令官の日本国政府に対する指令の趣旨に違反する行為を指すのであるが、千九百四十五年九月十日連合国最高司令官の日本国政府にあて発せられた覚書第三項によれば、論議し得ざる事項とは(イ)公式に発表せられざる連合国軍隊の動静(ロ)又は連合国に対する虚偽又は破壊的なる批判(ハ)及び風説等であつて、被告人の原判示行為は右覚書に違反するものであり、該行為をなすが如きは、わが国民の間に占領軍を含む連合国に対する反抗気運を釀成して占領秩序を攪乱せんとするものであり、占領目的に有害な行為と断ぜざるを得ない、論旨は独自の見解に基いて原審の適条を攻撃するもので採用に値しない。

弁護人の控訴趣意三の(2) について。

地方税法第十二条第一項にいわゆる「せん動」とは原判決に説示してあるとおり、他人に対して積極的に地方税の不納をアジる場合のみに限らないのであつて、原判示の如き事情の下に、原判示の如き言辞を弄することは税金を納付しないことをせん動した場合に該るものというべきである。これを論難する所論は採用するに由なきものである。

そこで刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴はこれを棄却すべきものとして主文のように判決した次第である。

(裁判長判事 黒田駿一 判事 長友文士 判事 東徹)

弁護人の控訴趣意

一、原判決は訴訟手続において法令の違反があり、而もそれは明かに判決に影響を及ぼすものである。すなわち、

(1) 原判決は検察官の面前に於ける田中初雄、川浪一博、山之内正夫、平野辰男 津本武三郎、大浪常男、河野元吉、戸沢和郎の各供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号により証拠能力を有するものと認め、これを証拠として採用しているけれども右各証人は証人調期日においてほぼ「本件組合大会当日の被告人の発言については記憶していない。検察官の取調を受けた当時は記憶していた」というのであるから、右証人調期日における各証人の証言は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号にいう「前の供述と相反するか若くは実質的に異つた供述」に何ら該当しない。従つて右各証人の検察官の面前に於ける供述調書は証拠能力がないこと明かである。而も原判決は証拠能力のない右各証人の証言を証拠として被告人を有罪としているのであるから原判決の訴訟手続における右法令の違反は判決に影響を及ぼすこと明かである。

(2) 本件起訴状記載の公訴事実は被告人が「現在赤平で工事中の官公道路は幅三間で戦車が通る様になつているという事は米ソ戦争の際アメリカの軍用道路に使われるのだ」と発言して風説を論議したというにあるにかかわらず、原判決は審判の請求を受けたこの事件について判決せず、全く審判の請求を受けない「委員長は税金が戦争準備の為に使われていないというが平衡交付金が減らされた事自体戦争準備の為に使われている証拠だ現在工事中の観光道路はアメリカが戦争に備えて戦車を通すために造らせているのだ」という事実について判決しているのは刑事訴訟法第三百七十八条若しくは同第三百七十九条に違反するものである。

二、原判決には事実の誤認があり、それが判決に影響を及ぼすこと明かである。すなわち起訴状記載の如き若くは原判決記載の如き内容の風説を被告人がなしたことのないことは検察官申請の証人高野の証言、検察官提出の組合大会議事録手控、弁護人申請の各証人の証言から明かである。証人高野を除く検察官申請の証人の証言が全く信用力のないことは例えば証人戸沢利郎の証言中に証人らが参考人として最初警察署に呼ばれたとき五人の参考人が一室に顔をそろえてから同じ部屋で始められたこと、また証人調期日に各証人が一様に本件大会当日の被告人の発言について記憶なしと答え、検察官の面前における供述調書を読み聞かせられ誘導尋問を受けて初めて「その通りです」ということからも明かである。原判決はこの信用力のない右証人の証言に基き事実の誤認を敢てしている。

三、原判決は法令の適用を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明かである。すなわち(1) 原判決は一九四五年九月十日附連合国最高司令官の「言論及び新聞の自由に関する覚書」第三項にいう「風説」とは、確たる根拠のない言辞であつて人心をわく乱し占領秩序を紊す程度のものは総てこれを意味するのであつて必ずしも連合国又は連合国占領軍に関するもののみに限定されるものでない」といつているけれどもそれが連合国又は占領軍に関するもののみを意味していることは同覚書第一項、第五項から明かである。(2) 原判決は地方税法第十二条にいうせん動とは「他人に対し積極的に地方税の不納をアジる場合のみに限定されるものではない。判示の如き情況に於て判示の如き言辞を弄することは、税金を納めないことをせん動したものと解すべきである」というのであるがかかる解釈は地方税に反対する凡ての言論をもつて同条にいう「せん動」と解するものであつて不当である。

以上の理由により原判決は破棄すべきである。

被告人の控訴趣意

私は昭和二十五年十月三十一日勅令三百十一号地方税法違反容疑で赤平町警察署に逮捕され同年十一月二十二日起訴され昭和二十六年五月十四日札幌地方裁判所岩見沢支部にて懲役六ヶ月の判決を受けましたが、かかる判決は不当なものであり甚だしく事実をゆがめたものと言わざるを得ません、私はあく迄も無罪であり、無罪を主張するが故に五月十四日直ちに貴裁判所に対して控訴の申し立てをした次第であります。次に此の判決の不当であることと私が無罪であることの趣意を申し上げます。

先ず第一に私が「判決文の理由」にかかれているような発言をなし、占領目的に有害な行為をなし且つ地方税不納を煽動したということになつているが、私はこのような発言をしたことはない、これは私の発言を故意に歪曲し、占領政策違反地方税法違反をデッチ上げたものである。私は此の発言の中で「アメリカが戦争にそなえて戦車を通すために云々」などとは言つていない。私はアメリカともソヴエトとも戦車とも一言も言つていない(三月十八、十九日証人喚問高野幸男-組合大会書記-証言、斎藤喜見雄その他被告人側証人全員の証言、組合大会議事録)アメリカとか戦車とか発言したのは私以外の他の人である(同高野証人、稲田春夫証言)又私は、「官公道路などと言つたのでなく、「観光道路は生活の苦しい我々に関係がない」といつたのだ私が風説を論議したというが、観光道路や警察予備隊の費用が政府予算(我々の税金)に組まれていることは明らかであり政府も発表している。予備隊の拳銃が我々の税金でつくられていることは明らかでないか、北海道新聞にも記載されていたことであり、私も発言の中で「道新によれば」と言つている。私はこういう悪税は納めたくないし(納めたい国民は一人もない)これに協力するような納税組合をつくることには反対なのだ。政府の発表している税金の使途を他人に言うことや納税組合を設立することに反対するのが占領目的に有害であり地方税不納の煽動になるなら一切の新聞も地方税反対のスローガンをかかげた政党、組合も、納税組合設立問題を議題にかけて賛否を問うた赤間労組も右と同じ罪に問われることになる。私は決して風説を論議したのではなく至極あたりまえのことを言つたのであつて問題にされる何物もない。しかるに私の発言については、高野を除く検事側証人の証言のみ証拠とし、被告側証人の証言は全く問題にしていない。高野を除く検事側証人の自信のなさに彼らの証言のデタラメがバクロされる。大会当日前後の模様については詳細に知つているに拘らず、私の発言については「知らぬ」「記憶ない」の一点バリで検事が誘導訊問で調書を読むと、急に「記憶がよみ返つた」「思い出した」というこんなに簡単に記憶がよみ返つたりするものでない。甚だしきは川浪証人で検事が当人の調書を読んだ所「私の供述調書ですか」「私がそんなことを言つたんですか」と首をかしげており河野証人は「検察庁で証言した時は「アメリカ云々」と言つたと言つたが、その後村本氏に「あの時東藤はアメリカとかソヴエトとかいわなかつたんでないか」といわれてみて東藤はアメリカと言わなかつたような気がする」と言つている。

それにひきかえ当時組合大会の書記を務めた高野証人は、私がアメリカとかソヴエトとか戦車とか言わぬことを証言し同様証言のため二十名以上の証人がでており現在でも私の無罪を主張して証人に立つという人は多勢いる。ウソでかためられた証言をした検事側証人に対しては赤間の労働者は抗議している。

以上の事実をみても故意にウソをデッチあげ私を罪におとし入れることにより日本共産党に彈圧を加え一切の自由を奪い去ろうとする支配階級の政治的陰謀に外ならない。

第二に以上の政治的陰謀を裏付けるものとして次の事実がある。この大会はレッドパージ反対闘争の最中にひらかれ被解雇者は首切りを拒否していた大会当日、大会会場である赤間会館裏に赤平町警芦野他一名が侵入しようとした(斎藤喜見雄証言)当日夜赤平町警森刑事が平野辰男の所にきて「東藤がこう言つたろう」ときいていた(米森保夫証言)又当日夜所謂「赤間の電車事件」「空気銃発砲事件」がおきた(米森保夫、稲田春夫証言)検事側証人がお互に誰が言つたからだ」となすり合いをやつている(米森保夫、稻田春夫、佃吉信、斎藤喜見雄証言)こうして私たち四名のタイホ(私の外に米森政一、奥崎淳雍、稻田春夫も同様事件でタイホされ釈放された)によりレッドパージを有利にみちびこうとしたものである。以上がだいたいデッチ上げの真相であるが更にはつきりしなければならないことは若し例え私が判決の理由にかかれたことを言つたとしても決して罪に問われることはない。占領軍の占領目的は日本の軍国主義的傾向を除去し平和な独立日本をつくるにある。

これに有害な行為こそ罰せられるのである。アメリカ一国を誹謗することを占領目的云々というなら最近の反ソデマ反ソ記事は占領政策違反でないのか。

問題は平和を望む日本の人民大衆が戦争政策をバクロし平和擁護のため勇敢に闘つている此の運動を内外の帝国主義者が弾圧し彼らの戦争計画を着々と進めているのだ。完全に独自性を堅持すべき裁判所が此の支配権力の圧力に屈服し法を守るべき裁判所自らが憲法に違反し国民の一切の自由を奪い一路戦争街道に日本人民を引づり込もうとしているのだ。私に対する六ヶ月の判決は此の事をよく示すものである。私は平和と日本の独立を愛するが故に裁判所が権力に屈服することに反対する。

私がここで不当な判決に従うことは日本の独立が失われてゆくことを認めることである。かかるが故に、私は控訴の申し立てをした。貴裁判所に於ては絶対に権力の圧迫に屈することなく日本の独立と平和のため真実を守つて無罪の判決を下されんことを日本人民の一人として要求する。此の裁判が日本の独立と平和の問題であることを強く訴え私の控訴の趣旨と致します。

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